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「紡ぐ舞い」が紡いだ一つの糸

 

 

「寒くないか?窓閉めようか?」

泣き声にならないように気を付けた言葉が宙を彷徨った。

歌声が聞こえるように窓を開けていた。

「おい、お前」

続いて出たその言葉も。

届いたかも分からない。

反応しないものだからその言葉収まる所が無くなり、問いた方にもどかしさと一緒に戻ってきた。

昔からそうだった。舞いになると周りが見えなくなる。教える立場になってからは特に。自分のことより一舞一家の家族のこと。

今はそうだからかは・・・分からない。

確かめる事もできない。

 

もどかしさを諦めて、ただ目の前の光景を見ているであろう横たえた背中をじっと見る。

見慣れた背中。

多くの時間を共にしてきた背中。

見慣れすぎて当たり前の生活の一部になった背中。

小さくなったとか弱々しくなったとか、分からない。

いつも当たり前にあった。

だから分からない。

気付いてたら、

変わっていたかもしれない。

けどもう遅い。

 

その背中の延長線上には教え子たちの舞いが繰り広げられている。

一舞一家の舞い。

二人の人生は舞いと共にあった。

人生の転機と呼ばれる時には常にこの舞いがあった。

人の人生の転機にも舞いで参加した。

その舞いを病院の前で教え子たちが必死に二人の前で、二人の為に舞いを踊っている。

病室からその舞いをじっと見つめている背中を和紀はじっと見ている。

 

「余命は半年持てばいいでしょう」

 

二人きりになった時、絢美は笑った。

和紀が笑い返すと絢美は悲しそうに泣いた。

何もできなかった。何も言えなかった。

いつも。

今日までの半年間も、余命宣告を受ける前までも。

ほんとに何も。

 

でも子ども達は違った。

一舞一家の教え子たちも。

「じゃあさ、半年経ったら病院の前で舞いを踊るから。その舞いを絶対見て」

そう言って前を見た。

絢美に似たんだ。

絢美は嬉しそうに泣いた。

 

そして、半年経った。

 

約束通り子ども達は舞いを踊っている。

見事な舞いを。

願いが込もった舞いを。

目頭が熱くなる。

 

先生にはいつでもおかしくないと言われている。

 

何がおかしくない?

 

だから、今日かもしれない。

ただ今日のこの舞いを目標に必死に半年間生き抜いた絢美は今日かもしれない。

和紀は横たえた背中を見つめる事しかできない。

何もできない。

見てるかも分からない。

幸せでしたと言うこともありがとうを言うことも。

言いようのない感情が込み上げる。

 

背中が震えてる。

見慣れた背中が震えてる。

視界が揺れている。

あれは泣いている背中だ。

何回も泣かせてしまった背中だ。

声が聞こえる。

泣き声のままの声が。

か弱い声が。

 

「寒くないよ。子ども達の歌がよーく聞こえる」

「・・・そうか」

「うん」

「それから、お前って呼ぶのは辞めてって」

「・・・すまん」

 

背中が震えてる。

和紀の背中も震える。

 

「良かった。頑張って生きて良かった」

「・・・おう」

「また、カズとみんなの舞いが見れた」

 

丁度舞いが終わった。

 

「そうやな」

 

泣き声を隠さずに和紀は言った。

 

「紡ぐ舞い」が紡いだ一つの糸。

終わり。

 

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