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「紡ぐ舞い」を紡ぐ一つの糸Vol.1

 

空が青い。この上なく青い。

空が高い。この上なく高い。

青いの概念も高いの概念もそんな概念を吹っ飛ばすぐらい青くて高い。

だってきっとこれは厳密には水色なんだろうし、空はいつも高い。

でもそんなのは関係なーく、青くて高い。

この空は一生忘れないだろうなと思う。

ざ、秋晴れ。

葬儀場の裏の小道で煙草をこっそり吸いながら思う。

堂々と吸うと妹の絹絵がうるさいのでこっそり吸う。辞めろとうるさいのではなく、自分も吸わせろとうるさいのだ。変わった妹ではある。

 

生前、ふーさんが生涯絶対忘れられないだろうなと思う舞いを踊った事が三回あると言ってた。そのどれも葬式で踊った舞いだと。三回の大きな別れを経験したのかな。

でもそれを生きてるうちに吹っ飛ばせる舞いに出会えたらしい。嬉しそうに言ってた。恵糸の結婚式での舞いはそれを吹っ飛ばしたらしい。親父にとって娘の結婚式は格別らしい。まだ良く分からないけど。絹絵の結婚式ではそう思うのかな。よく分かんないけど。今んとこその気配もそうなる予感もないけども。

 

そんなふーさんのお葬式。今日の舞いは絶対忘れられない舞いになるだろうなと予感がある。

その予感だけを頼りにこっそり煙草を吸いながら淋しさと悲しさを実感しないでいる。

 

高井紘太郎

九州と四国の間ぐらいの田舎町に住んでいる。

一舞一家とゆう、いわゆる冠婚葬祭や卒業式等の人生の節目節目に依頼されて依頼主と一緒にだったり、自分達だけだったりで舞いを踊るチームの一員。

一舞一家の教訓。一緒に踊る人は家族。家族とともに舞い、その家族を感じ、亡くなってしまった人や遠くに離れた人を想い、送り、迎え、そして踊っている本人も大事な言葉と一緒に笑顔で前進する。

この舞いに出会ったのは親父の葬式で。

衝撃だった。親父の知り合いがこの一舞一家にいて、その人が軸で煙を見上げ必死に笑顔で踊る面々を見て、妹の絹絵と一緒に泣くまいと必死に見守り、そして号泣した。そして実感した。人の姿を見て実感した。

その時舞いを踊ってくれた面々はまだ何人かいる。

そのうちの一人がふーさん。

先代の親父さんが亡くなってから、みんなの親父みたいなふーさん。

 

そんなふーさんのお葬式で舞いを踊る。

 

 

 

 

「紡ぐ舞い」を紡ぐ一つの糸Vol.1-2

 

4ヶ月ぐらい前、ふーさんと稽古場で珍しく二人っきりになった時があった。

いつもは妹の絹絵だったり、何故かずっと一緒にいて稽古場の押入れを別荘としている長次郎もいなく、静かな稽古場に二人。

ふーさんは衣装を手入れをしてて、自分は何をするでもなくそこにいた。

なんとなく居心地が悪い訳でもなく、いい訳でもなく、ぼんやり身を任せてみた。

きっとその時にはふーさんは自分の病状は知っていて、自分達も様子が変なのは気付いてた。

聞くのが怖くて、言うのも怖くて、そのままの状態をずっと続くであろうと楽観なのか、願望なのか分からないものを分からないまま放置していた。

 

ふーさん「紘太郎。」

紘太郎「ん?」

ふーさん「紘太郎。」

紘太郎「何?」

ふーさん「紘太郎」

紘太郎「だから、何?」

ふーさん「呼んだだけ。」

 

ほんと子どもである。

親父みたいな子どもである。

友達みたいに接してくるのがもぞがゆくもあり、良く分からない。

決して友達と同じ感覚にはならない。決して。ほんとの親父もそんな感じなのかなと思う。

 

ふーさん「お前は楽しいか?」

紘太郎「何や。今度は?」

ふーさん「俺はちょー楽しい」

 

爆笑している。

ほんと子どもである。

 

紘太郎「どうしたん?急に」

 

まだ爆笑している。

何がそんなに可笑しいのか。

何かを吹っ飛ばす為に笑ってるのか、ほんとに可笑しいのか。

段々イライラしてきた。

 

紘太郎「何よ?ほんとに」

ふーさん「いやー、辛気臭い顔してんなーと思って」

紘太郎「俺が?」

ふーさん「うん。お前が。他にいたら教えてくれ」

紘太郎「別にそんなことねーよー。」

 

笑ってかわす。

かわそうとする。かわせないと分かってもかわそうする。

 

ふーさん「そうか」

 

笑いをやめている。

見透かされてるような気がするのに、何も聞いてはこない。

 

ふーさん「お前の親父なー前に二回、一舞一家の一員やったんよー」

紘太郎「聞いたよ」

ふーさん「じゃあ、お前の親父を俺がすげーなと思った時知ってるかー?」

紘太郎「いやそれは知らんけど・・・」

ふーさん「いえーい。」

 

ほんと子どもだ。

 

紘太郎「いつ?」

ふーさん「お前が産まれた時」

紘太郎「病院の駐車場で舞いを踊ったってやつ?」

ふーさん「そう。お前の親父の親友が一舞一家の一員で、紘太郎が産まれそうになる前に依頼があってなー。一緒に舞を踊ってくれって。自分にも教えてくれって。お前難産でなーかなり時間かかって」

紘太郎「それは・・・知ってるよ」

ふーさん「そうか」

紘太郎「それで?」

ふーさん「お前の親父はずっと踊っとった。陣痛が始まってお前が泣き声をあげるまでずーっと。ずーっと。何時間も何時間もずーっと。稽古もそんなにしとらんから下手くそで下手くそで、でもがむしゃらで。もう辞めろって言っても奥さんと子どもが闘ってるんや!親父が闘わんでどーする!ってずーっと、ずーっと」

紘太郎「何で急にそんな話?」

ふーさん「後ろで踊っとってなーすげーなこの人、と思ったなー。もうね、必死なんよ。頑張れー頑張れーって。みんな辞めてもお前の親父は辞めんで、産まれたって聞いた瞬間その場に倒れこんだのは笑ったけど、お前の親父も笑っとった。そーやってお前は産まれたんよ」

 

その会話を鮮明に思い出し、その前後はぼんやりしているのにその瞬間だけほんとに鮮明なのに驚く。

ふーさん「葬式やったり、卒業式やったりの別れとか、結婚式とかの節目で一緒に舞いをやってくれって依頼は結構あるけど、子どもが産まれるからって依頼はなかなか珍しくてなー。お前の親父は出会いをすげー大切にする人やったんよ」

紘太郎「・・・だからさー何でそんな話?」

ふーさん「そんな親父の息子なんだから、自分を特別なんだ、誇れって話」

 

見透かされてる。

この人には敵わない。と思った。

 

ふーさん「だって俺の親友の息子なんだから。」

 

「俺の」を何よりも強調して言った。

やっぱ敵わない。

「紡ぐ舞い」を紡ぐ一つの糸Vol.1-3

 

ふーさん「紘太郎の親父も立派なピエロやったよ」

紘太郎「どーゆうこと?バカにしてると?」

ふーさん「さぁ、どーゆうことやろうなぁ。バカにはしちょらんつもりだが、バカってのは時には最大の褒め言葉にもなると思うなー」

紘太郎「ピエロってなんよ?」

ふーさん「決して花形ではないけど、周りを気にして、わざとドジなことして、笑われて、その場の空気を柔らかくしようとする。たまにみんなの気を引きたくてわざとドジなことをすることもあるがなー。まぁそれが正解かは知らんが」

紘太郎「親父も・・・?」

ふーさん「俺は大好きやったなー。それでいて病院の駐車場であんなこと出来たりもする・・・だからお前もそれでいいってこと」

 

それ以降ふーさんはまたくだらないギャグを言っては一人で爆笑し、勝手に笑い転げ、確か長次郎が来て、いつもの感じに戻った。

いつもの感じ。

どんな感じだ。

長次郎がバカやって、乗っかって、ふーさんが笑ってくれて。

笑ってくれる。

長次郎がいると、絹絵がいると、二人がバカをやるとみんなが笑う。

のっかることしかできない。

 

不穏な空気や淋しそうな空気が極端に苦手だった。

けど一人ではなかなか不穏な空気を変えることができない。

 

決してそれなりに出来るとゆう方では無かった。

むしろそれなりに出来ない方だった。

中学のサッカー部でも地区大会一回戦勝てるかどうかのチームでスタメンかどうかぎりぎりのところで、高校で始めた剣道も団体戦では次峰ではあったが部員は7人。万年一回戦負け。

勉強も中の下。

彼女もいない。

これと言って特別な趣味もない。

一舞一家の舞いも教えてくれてる絢美さんにいつも怒られてる。

長次郎のようになりふり構わず行動することも自分に真っ直ぐに生きることも出来ず、太郎(ふーさんの息子)のようにモテる訳でも我が道を行く訳でも何かを抱えてる訳でもない。

二人のように真っ直ぐにぶつかることも出来ない。

ただ小さい頃から身近にいるこの二人がとてつもなく羨ましかった。

妹の絹絵も羨ましかった。

全てが羨ましかった。

周りに影響を与え、結果笑顔にさせることが多いことが羨ましかった。

本気の言い合いは時間が経つと笑える。

 

でもそれができない。

出来ないからぶつからないことにしてた。

不穏な空気になると必死に緩和させようとするようになった。

おかんがたまに見せる淋しそうな顔を見せないように。

絹絵が大事にしてたチョコパイもわざと食べた。

絹絵は無条件に言い合える。

みんなの前で言い合うと何故かみんな笑う。

だからわざと食べた。

 

そんなことしかできない。

 

と思ってた。

「紡ぐ舞い」を紡ぐ一つの糸Vol.1-4

 

病室でふーさんは笑ってた。

恵糸に怒られて笑ってた。

看護婦さんに怒られて笑ってた。

最期まで笑ってた。

 

ポツリと「それでいいんやない?紘太郎」って言った。

また絹絵とケンカみたいなのをしてた時に。また俺が謝って、みんなが苦笑いしてて、その瞬間のどさくさに紛れて言った。

騒がしい病室でその言われた事は耳に残って、一生残っていくんのかなーと今思う。

 

 

あとは舞いを踊って、見送るだけ。

まだ実感が無い。ピンとこない。

火葬される。

あんなに笑い転げてたふーさんが今から。

使い古されてるが眠ってるだけのように見えるふーさんが。

 

 

絹絵がいる。

泣いている。

うずくまって泣いてる。

なんで。

必死に声を押し殺すように泣いてる。

どうした。

きっと誰にも見られないように外で。

辞めろ。

 

こっちに気付く。

さらに泣く。

辞めてくれ。

近付く。

泣やめようとするが、また崩壊する。

 

紘太郎「大丈夫か?」

絹絵「大丈夫な訳ない」

泣き声で言う。

そうだよな。そうだ。

絹絵にとってほんと親父代わりだった。

俺にとっても。

崩壊した。

分かってたつもりで逃げてたことを実感した。

ふーさんが亡くなった。

絹絵を見て、やっと実感した。

人前では弱味を見せまいとする妹が我慢出来ず外に出て来て泣いてる。

おかんに似ている。

親父にも。

きっと俺も。

そして俺は親父と似てるんだと実感もする。

 

絹絵「おにーちゃん、私ね、ふーさんにそれでいいんだって」

紘太郎「え?」

絹絵「お前が我が道を行く事が周りをほんわりさせる事を知っとるやろ?だからそれでいいんやって、それを紘太郎がピエロとなって助けてくれる。だから兄妹でいいんやって」

紘太郎「そうか」

絹絵「お前ら兄妹は親父とおかんに二人とも似てるって。だから大丈夫やって」

言葉が出ない。

絹絵「ちゃんと見送ろう」

紘太郎「うん」

絹絵「お父さんをちゃんと見送れなかったから。ふーさんをちゃんと見送ろう」

紘太郎「おう」

 

涙が止まんない。

訳分からず止まらない。

 

どっかで早くにいなくなった親父が嫌だった。

おかんが淋しそうなのが嫌だった。

ちゃんと見送れなかった自分が嫌だった。

親父がいないことを言い訳にしてる自分が嫌だった。

ピエロみたいな自分が嫌だった。

 

でも親父の息子でおかんの息子で絹絵の兄貴で一舞一家の一員でふーさんの息子みたいなもんで。

 

それだけでいいのかもしれん。

 

今は必死に見送ろうと思う。

「紡ぐ舞い」を紡ぐ一つの糸Vol.1-5

 

絹絵と長次郎が怪しい。

この上なく怪しい。

この前は押し入れから絹絵が出て来た。

前は長次郎と一緒のボケよりだったのがツッコミよりになっている。

シャンプーが変わった。

サリー(長次郎の自転車)を乗りこなしても長次郎があんまり怒らない。

怪しい。

 

ふーさんのお葬式から二ヶ月経った。

ふーさんがいない生活に慣れすぎることもなく、そして戸惑うこともなくなってきた。

きっと当たり前になってしまうのもそんなに遠くないのかもしれないと思う。

ふーさんがいない生活。

キュッと締め付けられる部分が大きい今、この大きさがどんどん小さくなっていってしまうのかもしれない。

今まで通り、一舞一家の稽古はやってるし、毎日は当たり前のように過ぎて行く。

ただ誰かがボケても爆笑したり、誰かが怒られても爆笑して救ってくれる人はいない。

代わりに誰かがツッコミを入れたり、慰めたり、背中で引っ張ったりでその場が流れていく。

 

ふーさんを見送る前。

結局絹絵は必死に泣き止み、俺はみんなの前でも泣き続けてた。

みんなに支えられ、怒られ、絹絵に腕を引っ張られ、おかんの前でみんなの前で一舞一家の家族とともに必死に舞いを踊った。

その時に、その前に実感したものが大き過ぎて自分のキャパシティを超えた。

みんなが舞いを終えた後こっそり一人で踊った。

いつの間にか絹絵も後ろで踊ってた。

親父みたいなふーさんを見送って、きっと親父にも自分の姿を見せたくて必死に踊った。

自分が産まれた時に舞いを必死に一人でも舞ってくれた親父にちゃんと届ける為に、とーちゃんと同じように、くたくたに倒れるまで絹絵と一緒に踊った。

おかんはずっと泣いてた。

二人で舞を踊ってるときは絹絵もずっと泣いてた。

ちゃんと見送れたかは分からない。

でも悲しくて悲しくてしょうがなかったのに、くたくたになって寝そべった時は家族三人泣きながら笑ってた。

 

その後一舞一家のメンバーに会ったら、みんなそれぞれボロボロになってた。

きっとみんなも何かあったんだろうけど、誰も何も聞かないし、聞かれなかった。

 

それから二ヶ月。

きっと当たり前になっても、元には戻らないし、無かったことには決してならない。

みんなそれぞれが分かってる。

敵わない、すげー人だ。ふーさん。

 

きっと長次郎と絹絵は付き合ってる。

でも知らないフリをする。

きっと二人はみんなの前で発表する。

それをみんなは驚いて、もし俺が知らないであたふたしたらみんな笑う。絶対笑う。

だから知らないフリをしてやるんだ。

絹絵は分かってるかもしれない。

でもいいんだ。

 

敵わないふーさんが、お前は親父に似ててしかもそれでいいんじゃない?って言ったんだ。

ふーさんが言って、とーちゃんに似てるならピエロでいいんだ。

そして、俺もこの後の人生で二ヶ月前の葬式での舞いを超える舞いに出会った時に、親父みたいに必死に舞いを舞ってやるんだ。

 

ほら。

長次郎が絹絵って叫んだ。

よし。出番だな。

 

終わり。

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