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「紡ぐ舞い」を紡ぐ一つの糸Vol.2

 

「出産の際、母子ともに影響が出る可能性があります。私共の方からも出産はお勧めできません」

その言葉は冷たくも温かくも聞こえた。

もともと血栓が出来やすい体質で小さい頃から入退院は繰り返してた。出産の負担と免疫低下を考えるとそう言わざるを得ないらしい。

そうじゃないかと思った。

でも横では布美男が

「母子ともに影響が出るとゆうのは・・・死んでしまう可能性もあるとゆうことですか・・・?」

「その可能性も否定できません」

「それはどっちが?」

「どちらもです」

「・・・そうですか」

 

ほんとに真っ直ぐでお調子者で、正直。

 

「もちろんお二人でよく考えてみて下さい。いつでも相談に乗りますので」

その言葉は温かく聞こえた。

 

お礼を言って診察室を出た。

 

「みんなのとこ行こうか」

「うん」

「いい先生やね」

「そうかもしれんけど、俺はそうは思えん。何であんな事言うんや」

 

馬鹿正直で優しい人で

「うん」

「別の病院行くか?」

「いや、いい」

「なんでよ?」

「きっと同じやと思う」

「・・・そうか」

 

一番肝心な事は聞いてこない。

 

「親父さんとかみんな何て言うかな」

「んーうん」

「私は産むよ」

「え?」

「とゆーか産ませて下さい」

「だって・・・」

「関係なーい。私と布美男の子どもを産めるのは私だけや」

「そうやけど・・・」

「早くみんなのとこ行こ」

 

布美男を置いて歩き出す。

 

「恵!お前は・・・怖くないんか?」

 

ほんと馬鹿正直。

 

「うん」

「俺は怖いぞー!でも・・・産んで下さい!」

「おっ」

「って今は言えん!でもよう分からんけど・・・頑張ろう。うん」

 

やっぱりこの人との子どもを産みたいと心から思う。

「紡ぐ舞い」を紡ぐ一つの糸Vol.2-2

 

稽古場に向かう途中、布美男は何度も何かを言おうとした。

しかし、言わなかった。

とゆうか私が遮った。

何かを言って欲しい気持ちと言わないで欲しい気持ちがない交ぜになって、たわいも無い話に逃げた。

 

そうこうしている内に稽古場が見えた。

布美男が諦めないとばかりに「恵!」と呼びかけた。

 

「あっ!」

「帰ってきた!」

「あーあー!」

 

小さい三つの頭がちょこちょこと動き回る。

和紀、絢美、そして糺(ただし)だ。

地面に何かを書いていたようでそれを必死に隠している。

糺はここの親父さんの本当の息子だ。本当の?表現が正しいかは分からないが本当の息子だ。

保育園が一緒だった絢美、そして小学校が二人と同じクラスでそこで糺と仲良くなった和紀がここに来出した。

まだ小学校低学年の三人は自分の子どものように可愛い。

ふと自分の小さい頃を思い出す。私達に似ていると。

布美男、私、ゆっこ。

似ているように見えるのは今だからか、昔からそう思っていたのかは今は分からない。

 

一舞一家。

私がいるチーム。ここに稽古場があるチーム。親父さんがいて、ゆっこがいて、みんながいるチーム。

所謂、冠婚葬祭等で依頼されて舞を踊ったり、舞のコンテスト等に出るチームだ。

一つの舞を踊るは一つの家族。

一舞一家に魅了され続けた。

幼い頃から夢中になってる布美男に魅了されたのかは分からない。

すぐ疲れてしまうので無理は出来ないが、それでも私なりに出来る範囲で参加させてもらった。

「下手でも何でも気持ちがあるから、恵の舞は魅力的だ」布美男の何気無い言葉がとてつもなく嬉しかった。

布美男との結婚式でも踊った。

布美男はプロポーズの時も踊った。

布美男は付き合う告白の時も踊った。

そして・・・今日も踊る予定のはずだった。

みんなで。

妊娠は確実で今日は確認の為病院に行った。

みんな報告を待って、その報告後に私と布美男と新しい赤ちゃんの為に踊るはずだ。

私には隠していたが、布美男が中心となってしていたこの計画はバレバレだった。

みんな知らん顔して待機しているはずだ。

でも、踊るかは分からない。

私も見れるか分からない。

 

三人の小さな家族が地面に書いた文字が目に入る。

 

「あーほらっ!だから書かん方がいいって言ったのに!」

「あー絢美!ずるい!絢美も一緒に書こうって言ったやんー!」

「そうやー!でも最初に書こうって言ったのはカズやん!」

「あー糺まで!」

「恵ねーちゃん、ごめんなさい」

「ごめんなさい」

 

止めようすればするほど涙が止まらなく、三人のせいじゃないのに言葉が出てこない。嗚咽が漏れる。崩れ落ちる。一緒に三人の子ども達も泣いている。

更に涙が止まらない。

 

地面には

「 ふーさん・めぐみねーさんおめでとう!弟でも妹でもあたらしい家ぞくができてとてもうれしい。元気な赤ちゃんうんでね!」

と力強く書いてあった。

「紡ぐ舞い」を紡ぐ一つの糸Vol.2-3

 

長い間そう続けて、絢美はなかなか泣き止まなかった。

私が「ごめんごめん、嬉しくって」となだめてもなかなか信じてくれずに「本当に?」と聞いてきては私がまた涙ぐむもんだからまた泣き出してしまう。

それの繰り返しだった。

和紀と糺(ただし)はオロオロとして、布美男はぽつんとびっくりしたようにこの様子を眺めていた。

最初に会う布美男以外の一舞一家のメンバーがこの三人で良かった。私の強がりをあっさりと解いてくれた。

 

目の前の光景がいつもは当たり前のように見てるのに物凄く特別なものに見えた。

絢美が恵に泣きついてる。

それをオロオロしながら見てる男二人。

いつもは俺の方に逃げてくる和紀と糺(ただし)も今は来ない。

三人ともよかれと思って自分と恵の事を想って、地面に文字を書いた。間違ってない。絶対間違ってない。

でもぎりぎりだった恵はそれで崩壊した。

子どもか妹か弟のように想っている三人によって崩壊した。

夫婦とゆう家族の自分の前では気丈に振る舞い、決定的な一言を言えずにいる自分を前に家族のような三人が恵を心から泣かせてくれた。

嫉妬のような、でも物凄く嬉しいような気持ちが渦巻く。

 

本当は子どもをおろして欲しいと言うつもりだった。

恵は絶対産むと言うだろうが、考えたくもないもしかしたらを考えるとそれが最良だと思った。

たけど、目の前の光景を見ると分からなくなった。

 

「布美男」

「ん?どうした?」

「みんなには言わないで欲しい」

「え・・・?でも」

「お願いします」

 

強い眼差しで恵は笑った。

「紡ぐ舞い」を紡ぐ一つの糸Vol.2-4

 

布美男が舞いを踊っている。

絢美が和紀が糺が親父さんがゆっこが舞いを踊っている。

みんなが舞いを踊っている。

恵はそれを見ている。

 

結局、布美男は誰にも何も言わなかった。

もちろん恵も言わなかった。

妊娠の報告をした。

自分と子どもの命が危ない事だけを伏せ、率直に気持ちとともに報告した。

みんな心から喜んでくれてる。

ゆっこだけが意味ありげに見てきたが、諦めたように破顔した。

急に太鼓が鳴り始める。

みんなが舞いの顔になる。

布美男と目が合う。

時が止まる。

目を離さないまま布美男は踊り始める。

 

布美男が舞いを踊っている。

四肢の動く限り踊っている。

喉が潰れんばかりに声を張り上げて踊っている。

理不尽な世の中と不公平な世の中と闘うように踊っている。

恵の為に踊っている。

お腹の子どもの為にみんなと踊っている。

 

恵は目を離せないでいる。

布美男の

我が子のような小さい三人の

ゆっこの

みんなの

一舞一家の舞いを。

ただ全身全霊の恵とお腹の中の子どもの為だけの舞いを。

見慣れたはずのこの舞いを。

みんな踊ると分かっていたこの舞いを。

お腹の子に届くように必死に見る。

 

布美男が必死に踊っている。

何かと闘うように踊っている。

自分自身と闘うように踊っている。

恵に何か伝えようと踊っている。

涙を流しながら、うっすら笑いながら踊っている。

ぐしゃぐしゃになりながら踊っている。

 

同調するようにみんなも一緒に踊っている。

何人かは泣きながら、何人かは歯を食いしばりながら、何人かは笑いながら踊っている。

家族が踊っている。

 

恵はこの先そこでもう恵は踊ることは無いかもしれないと予感している。

 

恵は駆け出す。

みんなの元へ。

家族の元へ。

布美男の元へ。

最後になるかもしれない予感を抱いて。

家族の一員として

娘として、妹として、姉として、親として

そして最愛の人の妻として

新しい家族をその場にいれてあげたくて

何より自分がその中にいたくて駆け出した。

布美男は物凄く悲しそうな顔になり、そして諦めたように凄く嬉しそうな顔をして、恵と恵の中の命を家族の輪に受け入れた。

みんなで恵を受け止めた。

恵は満面の笑みで踊り始める。

 

終わり。

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